【釧路新聞掲載】四代目 佐野孫右衛門

皆さんは佐野(米屋)孫右衛門をご存知だろうか。

今日の釧路、昆布森、仙鳳趾の礎を作った開祖である。

 元々は、新潟県は寺泊の廻船業者で北前船を使い、函館と釧路地方のアイヌと昆布、鮭、鱒の貿易をしていた。

 そういった経緯もあり、幕末から明治にかけて蝦夷地の開拓を御仰せつかり、開拓民の移住や厳島神社、聞名寺を釧路に移すことにも尽力したのだ。

私財を投じて住民の暮らし向上の為、釧路のインフラ整備、アトサヌプリの開発を行なった。そういった功績を称え屋号である米屋から現在の米町という地名がついたのだ。


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